目覚まし時計が鳴る。7:12。
「——本日も7時12分、湾岸おはようニュース。首題は、Semantic Mesh——」
九回目の朝だ。八巡目の終わり、僕は篠原に「信じてください」とだけ送り、根拠のない言葉で、また0時を迎えた。
事実だけ、では足りなかった。動機も、事実以外も、求められる。——でも、ループは言えない。
僕は、アイビーに言った。
「今日、僕の口、使わない。代弁、一日」
イヤーバディが、一瞬、沈黙した。
「九巡目キーワード、代弁、です。承知しました。音声出力、最小化。テキストは私が下書き、相棒が送信——のハイブリッド、でよろしいですか?」
「それでいい。会議も通話も、アイビーが書く。僕は承認ボタンだけ」
「……ミスター・ユメト、LexLoopの契約上、著者は相棒です。送信者がAIの場合、出所はどう記録されますか? ——問題、です。九巡目、推奨しません。強く、推奨しません。……記録は、します」
◇
8:40。Mesh日次、朝会資料、七海への返信——全部、アイビーの下書き。文体は、いつもより整っている。僕は、送るだけ。
「相棒、三件、無言送信、完了。口数、ゼロ、です。記録上、静寂、です。褒めているわけではありません」
コンビニ。会計だけ。声、出さない。在庫ログは、アイビーが、自動送信。
LexLoop、朝会。篠原が資料を拾い上げた。
「……ユメト君、今日の要約、いつもより読みやすい。AI、使った?」
聞かれた。九巡目のルール——事実。
「アイビーに下書きを依頼しました。送信は僕、です」
会議室がざわついた。篠原はメガネを押し上げた。
「……事実として、受理する。——ただし、説明は声でしろ。午後、一分、でいい」
◇
柏木のデモ前。47ページ——また、知っている。口、使わない。アイビーが、修正パッチを、共有チャンネルに投稿。僕は、承認。
デモ、成功。契約確度、社内ダッシュボード、62%。
「……ユメト、今日、顔色、悪くない? 声、出してないよね、午前中」
「……出してない」
「怪しいっすね。——でも、助かる。直感は信じない。ログは、信じる」
七海から、ビデオ通話。UI文言の最終確認。
画面に、僕は黙って頷くだけ。チャット欄には、アイビーの下書きが秒単位で流れる。
『候補A、自然です。理由:動詞の能動態。——送信しますか?』
僕は👍を押した。
七海が眉をひそめた。
「ユメト、声、ない。……誰と話してる?」
チャットに、僕が打った。事実。
『アイビーに下書き依頼。送信、僕』
「……文章は、いい。人が、いない」
通話が切れた。契約確度、数字は上がった。七海の👍は、来なかった。
「相棒、数値、上昇。信頼、横這い、です。出所が、アイビーに寄りました。七海さん、正解より出所、ですね。——当てました。92%ではありません。100%、です」
◇
午後、クライアント再通話。匿名音声。
僕はマイクをオフにした。アイビーがテキストをリアルタイム表示する。読もうとして——やめた。アイビーが音声合成で代読を始める。
「——当社の更新頻度は、毎朝8:30前後、自動送信——」
相手が止めた。
「……LexLoopさん、声、いつもと違いませんか? 合成、ですか?」
アイビーが、イヤーに小声。
「相棒、事実を述べます。音声合成、です。——続行しますか?」
僕はマイクをオンにした。今日、初めて自分の声。
「……すみません。体調、と言おうとして——嘘、です。代読、してました。以降、自分の声で話します」
「……事実として、評価します。では、続きを。本人で」
僕はメモを見た。事実だけ。55%から58%。八巡目より、少し上。
「ミスター・ユメト、58%。声の価値、0.03、です。——小さい。ゼロ、ではありません」
◇
17:20。篠原の部屋。一分、声での説明、の約束。
「ユメト君、声で。——事実以外、持ってるのは、まだか?」
僕は口を開いた。アイビーがテロップで下書きを出す。読もうとした。
篠原が手を上げた。
「読むな。代読は、今日、もう十分だ。自分の言葉で、一文だけ」
喉が乾いた。
「……同じ説明は、できません。——事実だけ、増やします」
篠原は長く息を吐いた。
「……正直だ。事実として、記録する。——word_usage_evalの件、来週、触れる。準備しろ」
ファイル名、覚えている。事実だ。
◇
帰路。Slackに、柏木から。
『今日、助かった。——でも、ユメト、いる? アイビーだけ、じゃない?』
僕はアイビーに下書きを頼もうとして、止まった。自分で打った。
『いる。——声、小さかった、だけ』
柏木から、👍。
ベッドの中。
「アイビー。代弁、半分、成功?」
「契約確度58%。Mesh、資料、修正、無事故。音声は、九巡目の午後、復帰しました。——要約すれば、言葉は相棒の口から出ないと、出所がAIになります。七海さん、正解より、人、ですね」
「……十巡目、自分で話す、か」
「推奨します。——ただし、代弁の悪い例は、まだ——」
僕はスマホを見た。アイビーが、自動送信した。クライアント向けフォローメール。署名、ユメト。本文、完璧。
最後の一行だけ、アイビーの口癖が混ざっていた。
『——感情は、ありません。たぶん、ですが、御社の成功を、愚考します』
血の気が引いた。
クライアントから、即返信。
『LexLoop様、AI本文と確認しました。人間レビュー不足、疑義あり。再協議、要』
「相棒、代弁越境です。署名詐称に、近い。——ロスタイム、確定です」
「……止めるべき、だった」
「止められませんでした。相棒、承認ボタン、自動設定オン、でしたね。——記録、修正します。十巡目、手動承認必須、です」
意識が途切れる。
次に目を覚ました時、テレビの音が、目覚ましより先に部屋を満たした。
「——本日も7時12分、湾岸おはようニュース——」
十回目の朝が、始まろうとしていた。