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言葉使い

第61話 または 再定義の言葉、再び

第61話 または 再定義の言葉、再び

第7章 第7部

「本日も7時12分、湾岸おはようニュース。首題は、Semantic Mesh試験区域——市民の発話意図解析が、92パーセント精度に達したと発表——」

頭の中で、同じアンカーの声が、同じ抑揚で響いた。目を開けると、寝室の壁面ディスプレイが、見慣れたブルーのニュース画面を映し出している。また、これか。

「相棒、またループか……いや、今回は違う。確か、前回は『残り時間、2時間58分』で終わったはずだ」

僕の言葉に、イヤーバディが静かに反応する。

「ミスター・ユメト、その通りです。正確には、前回の挑戦は、残念ながら時間切れとなりました。ノイズの鎮静化確率は、最終的に12%でしたので、統計的には妥当な結果と言えます。今回は、前回のタイムリミットが切れた直後の巻き戻しです。現在時刻は、前回の挑戦開始時と同じく、残り時間2時間58分から再開されています。これは、あなたの言葉の『再定義』に与えられた、最後の猶予かもしれません。たぶん。」

アイビーの無機質な声は、焦りを誘うには十分すぎるほど冷静だった。「最後の猶予」という言葉が、重く胸に響く。つまり、前回は時間切れで失敗し、また同じ『2時間58分』のタイムリミットが与えられた、ということだ。これは、通常のループとは違う。まるで、僕の『言葉使い』の試験が、再試になったような気分だった。

僕は飛び起きて、すぐにLexLoopのオフィスへと向かった。通勤路のSemantic Meshは、前回よりもさらに不安定だった。サイネージ広告は支離滅裂なメッセージを点滅させ、空飛ぶバスの案内は途中で途切れる。人々の顔には、わずかな苛立ちと、それを押し隠すような無関心が混ざり合っていた。

オフィスに着くと、七海がすでに僕を待っていた。彼女の顔には、疲労の色が浮かんでいるが、その瞳は鋭いままだった。

「ユメト、よく来てくれた。残り時間、2時間57分。Semantic Meshのノイズは、さらに増大しているわ。このままじゃ、都市機能が麻痺する」

七海が、中央の大型ホロディスプレイに、Semantic Meshのリアルタイム状況を映し出す。都市全体が、まるで巨大な神経網のように描かれ、そのあちこちで赤いノイズがスパークしている。LexLoopのオフィス内でも、デバイスの通信が不安定になり、時折小さなエラー音が響いていた。

「UIは準備できてる。あとは、あなたの言葉を、どんな『意図』で放つか、だけよ」

七海の言葉に、僕はディスプレイの試作UIに視線を向けた。意図強度、共振周波数、ターゲットエリア……。複雑なパラメーターが並ぶ。前回は、何を試したんだっけ? 漠然とした『穏やかな調和』では、まるで歯が立たなかった記憶が蘇る。

「よし、まずはこのオフィスからだ。『LexLoopのシステムに、安定した調和を。そして、この空間に、明確な意図を』」

僕はUIを操作し、ターゲットを「LexLoopオフィス内」に設定。言葉を声に出して、調整された意図と共にSemantic Meshへと放った。ディスプレイの赤いノイズが、オフィスを示すエリアでわずかに収縮する。しかし、すぐに外部からノイズが押し寄せ、元に戻ろうとする。

「ノイズレベル、LexLoopオフィス内限定で5.8%低下。継続時間は2分45秒。しかし、外部のノイズ流入により、低下した分の87%が回復しました。限定的効果です。たぶん。」

アイビーの報告は、僕の期待を裏切らなかった。やはり、局所的な言葉だけではダメだ。都市全体に広がるノイズには、もっと広範囲に、そして根本的に働きかける言葉が必要だ。

「このままじゃ、埒が明かないわ、ユメト。 Semantic Meshの『コア』に、直接アクセスするしかない」

七海がホロディスプレイの地図を拡大し、都市の中央に位置する、Semantic Meshの基幹サーバーを示すアイコンを指した。

「コア……? それって、どういうことだ?」

「都市全体を覆うSemantic Meshは、その根幹に『公共意識』とも呼べる、集合的な意図の層を持っている。創業者たちは、そこに直接語りかけることで、都市の言葉を調律できると信じていた。でも、その方法は誰も成功させていない。私にも、具体的な方法は……」

七海の言葉が途切れる。彼女の表情に、焦りがにじんでいた。残り時間、1時間45分。時間だけが、無情にも過ぎていく。

「コアに直接語りかける……。単なる『言葉』じゃダメだっていうのか?」

「ええ。単なる発話じゃ届かない。そこには、都市そのものに対する、明確な『問い』が必要なのかもしれない」

七海の言葉に、僕はハッとした。問い? これまでの僕は、ただひたすら「こうなってほしい」という願望を言葉にしていただけだった。だが、Semantic Meshの根幹に働きかけるには、もっと深い、都市の存在意義に触れるような言葉が必要なのかもしれない。都市が、僕の言葉を「理解」し、それに対する「回答」を出すような、そんな言葉。

「なるほど……。都市への『問い』か。でも、どんな問いを投げかければいいんだ?」

僕の言葉に、アイビーが静かにログを読み上げる。

「前回の試行では、『明確な問い』の概念は存在しませんでした。ですが、Semantic Meshの未公開ログに、創業者による『都市の言葉の源流』に関する記述がわずかに残されています。現在、分析を開始しました。成功確率は、極めて低いです。たぶん。」

都市の言葉の源流……? そこには、コアに働きかけるヒントがあるのか。残り時間もあとわずか。僕の言葉が、この都市の運命を左右する。

――第62話へ続く