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言葉使い

第6話 事実だけ、が言えない

第6話 事実だけ、が言えない

目覚まし時計が鳴る。7:12。

テレビが先に来た。

「——本日も7時12分、湾岸おはようニュース。首題は、Semantic Mesh試験区域——市民の発話意図解析が、92パーセント精度に達したと発表——」

八回目の朝だ。七巡目の終わり、僕は篠原に「同じ日が——」と送って、すぐ後悔した。返事は短かった。「非現実的な説明は、信頼を下げる。事実だけ話して」

ループは、事実じゃない。言えない。

僕はベッドの上で、八巡目のルールを決めた。黙って直す聞かれたことだけ、答える。答えるのは、事実だけ

「アイビー。今日の合言葉、それだ」

「承知しました。八巡目キーワード、事実の境界、です。——事実リスト、作成します。言っていい事実:Mesh日次送信、朝会資料提出、依頼への返信、ログ上の修正。言えない事実:ループ、前周回の記憶、存在しない前回通話。——灰色地帯:なぜ言い間違えたか、の動機。相棒、ここが、今日の試験範囲です」

「……動機、言えないのか」

「言うと、ループに近づきます。言わないと、不誠実と分類されます。——さぁ、と言いたいところですが、八巡目は黙る日です。言いません」

8:48。Mesh日次、送信。朝会資料、一枚、投げた。——言葉にしない仕事。七海へのSlack、依頼分だけ返す。付箋の「共鳴」には、触れない。

コンビニでは、会計だけ。冷蔵2段目、見えた。口を噤む。代わりに、店着いてから在庫連携ログだけ送った。青年に声はかけなかった。五巡目の共感も、七巡目の先回りも、しない。

「相棒、黙って直す、成功です。——ただし、店員のストレス指標、0.02上昇。声のない親切、は、伝わりにくいです。遺憾です」

LexLoop、9:05。篠原の部屋。朝一、説明責任

録音ログが、テーブルの上にある。七巡目の「前回の通話」——事実として、こう言える。

「昨日の通話で、『前回比』という語を、相手が使用しました。私は『前回の通話』と応じ、言い間違いでした。正しくは業界平均比、または当社ログの前日比、の意図でした。——申し訳ありません」

篠原は、メガネを直した。

「……事実は、合ってる。動機は?」

「……疲労、と言えば、嘘になります。調子、も、言い訳です」

「動機がないなら、再発防止だけ話して」

「禁句として、『柔軟』『前回の通話(初回相手向け)』を内部メモに追加します。通話前、相手の履歴を、アイビーと確認します」

篠原は、一瞬だけ頷いた。

「……それ、事実として、使える。——午後、同じクライアント、再コール入る。今度は、事実だけで通せ」

午前、柏木のデモ前。47ページ、intent_raw ——知っている。口には出さない。共有チャンネルに、修正案だけ、匿名ではなく、僕の名前で投げた。

デモが、止まらずに流れた。

「……ユメト、47ページ、が直した?」

聞かれた。八巡目のルールどおり、答える。

「ログ上、です。午前9:22、修正コミット」

柏木は、しばらく黙った。

「……助かった。——どうして見た?」

「……その質問は、答えられません。見た、という事実だけ、です」

柏木は「変なやつ」と笑った。七巡目の「直感は信じない」より、マシだ。

七海は、通路で資料を抱えていた。目が合った。僕は、先に言わない。

「ユメト、付箋、見た?」

聞かれた。

見ていません

本当だ。今日は、視線を逸らした。

七海は、一瞬だけ頷いた。

「……わかった。——今日の君、当たりすぎ、止まった。逆に、何か隠してる、に見える。——それも、事実?」

「……見える、なら、そうかもしれません。理由は、まだ、言えません」

彼女は、驚いた顔をした。怒りではない。距離の顔だ。

午後、クライアント再通話。匿名音声。

「——昨日の説明、事実関係は、確認しました。今日は、意図解析の更新頻度について——」

僕は、メモだけ読む。数字、日付、送信時刻。事実だけ。

「当社Mesh日次は、毎朝8:30前後に自動送信。昨日の停止は、9:07の手動再送で解消済みです。ログID、共有します」

「……具体的だ。——では、なぜ、初回に言い間違えた?」

喉が、詰まった。言えない事実の壁。

「……原因は、社内確認中です。再発防止策は、実装済みです。——結果として、今日のログは、正常です」

沈黙。契約確度、55%。上がった。

「ユーザー、55%。事実、は効きます。——動機、は効きません。相棒、八巡目、半分、合格です」

18:40。篠原のデスク。却下書類の山の横に、別のファイル名が、一瞬だけ見えた。

word_usage_eval_api_internal_v3.pdf

創業者の行方不明、と社内噂はある。非公開API、と。

「篠原さん、それ——」

見えた、なら、事実ですね」篠原は、画面を閉じた。「——ユメト君。事実以外、何か持ってる?」

ループ。知りすぎ。ループ知。——全部、言えない

「……持っています。説明は、まだ、できません」

「‘まだ’、は、事実?」

そう、です」

篠原は、長く息を吐いた。

「わかった。——信じるかどうかは、私が決める。君は、事実を増やせ

帰路。ベッドの中。

「アイビー。今日、半分、合格?」

「Mesh、資料、修正、再通話55%。——動機、と事実以外、が、残りです。九巡目、代弁、を試す候補、ログにあります。——、が話す、です。冗談、では、ありません。半分、です」

「……九巡目、考える」

そのとき、篠原から、もう一通。

『説明、まだ、とは。——明日朝一、続き、を。事実、以外も、含めて』

僕は、返信を打った。

信じてください。——説明は、明日、します」

根拠、ない。事実、ない。要求だけ。

イヤーバディが、赤く点滅した。

「発話、根拠なき確証要求として分類。相手の判断権を、奪う言葉、です。——相棒、事実、が足りない時、信じろ、は、誤用に近いです」

「……あ」

意識が途切れる。

次に目を覚ました時、テレビの音が、目覚ましより先に部屋を満たした。

「——本日も7時12分、湾岸おはようニュース——」

九回目の朝が、始まろうとしていた。