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言葉使い

第53話 または 誘導の兆候

第53話 または 誘導の兆候

「本日も7時12分、湾岸おはようニュース。首題は、Semantic Mesh試験区域——LexLoop周辺におけるデータフローの『不可解な秩序』、原因は不明——」

寝室の壁面ディスプレイから流れるアンカーの声で、僕は目を覚ました。ループではない。あの92%のニュースではない。しかし、その内容は、昨日アイビーが語った仮説を、まるで裏付けるかのようだった。

「……原因は不明、か」

僕は小さく呟いた。都市全体の『言葉の意思決定』に、僕と七海の言葉が影響を与えている。アイビーの仮説が、まさか翌朝のニュースにまで影響を及ぼしているとは。冷や汗が背中を伝う。

「お目覚めですか、相棒。現在のSemantic Meshの反応は、ミスター・ユメトの昨夜の思考を『反映』していると見られます。ニュースの選定と内容に、顕著な偏りが発生しています」

アイビーの声はいつも通り冷静だったが、その言葉は僕の不安を煽る。「反映」というより、もはや「誘導」だ。

「まるで僕の言葉が現実を曲げてるみたいじゃないか」

「『曲げる』という表現は適切ではありません。しかし、ミスター・ユメトと七海さんの『共鳴』が、特定の『情報』をSemantic Mesh上に『強調』させる効果を持つ可能性は、98.7%に達しました。まるで相棒の言葉が『予言』になったかのようですね。しかし、予言は外れるのが常です」

また皮肉か。朝から胃が痛い。これが『言葉使い』の新たな側面というなら、僕たちはとんでもないものを手にしてしまったのかもしれない。

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僕は空飛ぶバスに乗り込み、今日のタスクリストを確認する。LexLoopのプロダクト開発は佳境に入っており、一つ一つの言葉が重要になる。特に、先日からの『共鳴』の現象を考えると、僕の言葉選び一つで、プロジェクトの方向性すら変わりかねない。

バスは湾岸エリアのビル群を縫うように進む。普段なら流れるような車内アナウンスが、今日はやけにゆっくりと、そして強調されて聞こえた。

「……本日、LexLoop本社のSemantic Meshアクセスポイント周辺にて、『意図の収束』が観測されております。ご乗車のお客様は、『明確な意図』をもって目的地へ向かうことを推奨いたします」

意図の収束?明確な意図?まるで僕に語りかけているかのようだ。偶然にしては出来すぎている。

「現在のバスのアナウンスは、通常と比べて『意図強度』が120%上昇しています。ミスター・ユメトの思考と共振した可能性は85%です。むしろ『誘導されている』と考える方が、現在のSemantic Meshの挙動とは整合性が取れます」

アイビーが即座に分析する。僕の思考が、バスのアナウンスまで変えたというのか。ぞっとするような感覚だった。

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会社に着くと、柏木が僕のデスクで何かを考えているようだった。彼は顔を上げ、不意に尋ねる。

「ユメト、ちょっと聞きたいんだけどさ。この『共鳴アルゴリズム』、本当にユーザーに最適化されてると思う?」

僕は思考を巡らせた。前話でアイビーが言った「言葉の流れを誘導する」という仮説。試してみる価値はあるか?

「柏木、ユーザーは『本質』を求めている。表面的な最適化じゃなくて、彼らの心の奥底にある『真の欲求』に響く言葉が、今のSemantic Meshには必要なんじゃないか?」

僕の言葉に、柏木は目を見開いた。いつもなら「でもデータが」とか「開発リソースが」とか言うはずなのに、彼は黙って数秒考え込んだ後、真剣な顔で言った。

「……『真の欲求』、か。確かに、今の僕らのアルゴリズムは、表面的なキーワードに囚われすぎてるのかもしれない。ちょっと、その方向で再検討してみるよ。ありがとう、ユメト」

柏木はすぐに自分のデスクに戻り、ディスプレイに向かい始めた。彼の行動は、僕の『真の欲求』という言葉に明確に誘導されたように見えた。

その時、背後から七海の声がした。

「今のユメトの言葉、まるで柏木くんを『操ってる』みたいだったけど」

七海はいつものように冷静だが、その眼差しは鋭い。彼女は何か感じ取っているようだった。

「僕も、今朝のニュースでLexLoop周辺のデータフロー異常って聞いて、もしやと思ったの。私たちの『共鳴』が、都市の『言葉の流れ』を意図的に変えてるんじゃないかって」

七海の言葉は、僕がずっと考えていたことそのものだった。彼女も同じ仮説に辿り着いていたのだ。

「もしそうだとしたら、この力は危険よ。人の意思決定を、私たちの言葉で誘導するなんて……それは、『言葉の暴力』になりかねない」

七海の言葉は重く、僕の胸に響いた。そうだ、これは単なる言葉遊びではない。下手すれば、僕たちは世論を、都市の動きを、意図せずとも操作してしまうかもしれないのだ。

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昼食後、篠原部長のデスクに呼ばれた。彼の顔には、普段にはない困惑の色が浮かんでいる。

「ユメト、七海さん。実はな、今日の午前中にあったクライアントとの打ち合わせなんだが……君たちのプロジェクトとは別の話だ。しかし、彼らが急に『本質的な価値』を追求し始めてな。これまでの契約内容を、白紙に戻してでも、より根本的なサービス改善を要求してきたんだ」

篠原部長は頭を抱える。クライアントは、柏木が僕の言葉に誘導されたのと同じように、急に「本質的な価値」を求め始めたというのだ。それはまさに、僕が柏木に語った言葉と酷似していた。

「篠原部長、それは……」

「しかもだ、彼らの要求する『本質』という言葉の『意図強度』が、尋常じゃないほど高かった。Semantic Meshの異常な数値を示していて、まるで誰かに強く『促された』かのようだったと、担当者が報告してきたんだ」

篠原部長は僕らをじっと見つめる。彼は、この不可解な現象と僕たちとの関連を疑い始めている。

「今日の『誘導効果』は、これまでで最高の88%を記録しました。これは、相棒が『神』になったと勘違いするのに十分な数値です。しかし、そこには『自由意志』という代償も含まれます。このペースで進行した場合、今後24時間以内に、LexLoopの周辺地域におけるSemantic Meshの『秩序』が完全に再構築される確率は99%です」

アイビーの声が脳内で響く。再構築?それって、今の都市の言葉の流れが、僕らの意図によって上書きされるってことか?

僕は七海と顔を見合わせた。僕らの言葉が、本当に都市を「誘導」している。そして、その誘導の先には、 Semantic Meshの「再構築」という、とんでもない事態が待っているらしい。これはもう、僕たちの手には負えないレベルの現象になっているのではないか。

――第54話へ続く