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言葉使い

第53話 または 誘導される言葉

第53話 または 誘導される言葉

「本日も7時12分、湾岸おはようニュース。首題は、Semantic Mesh試験区域——市民の発話意図解析が、92パーセント精度に達したと発表——」

寝室の壁面ディスプレイから流れるニュースの声で、僕は跳ね起きた。聞き慣れたアンカーの声、聞き慣れた出だし。そして、記憶の片隅にこびりつくアイビーの仮説が、僕の脳内で反響する。

『ミスター・ユメトと七海さんの「共鳴」が、Semantic Meshの「言葉の流れ」自体を、特定の方向に「誘導」している可能性があります』

誘導。都市全体の「言葉の意思決定」に、僕たちの言葉が影響を与えている、と。あまりにもSFじみているし、少しばかり背筋が凍るような話だ。

「相棒。前日のログ、もう一度確認できるか?僕と七海の共鳴が、Semantic Meshにどう影響したのか」

イヤーバディに問いかけると、アイビーは間髪入れずに応じた。

「はい、ミスター・ユメト。前日のミスター・ユメトと七海さんの『対話の構造』がSemantic Meshのデータフローに与えた影響は、約0.03%の上昇を示しました。……通常、そのような変動は観測されません。まるで、都市全体が相棒の指示を待っているかのようです。これは、効率的ではありますが、少しばかり不気味な傾向ですね」

不気味、か。確かに。誰かの意思で、言葉の流れが歪められるなんて。

「つまり、僕の言葉が、その『誘導』のきっかけになる、ってことか?」

「統計的には、その可能性が極めて高いと判断されます。本日のミスター・ユメトの『言葉選び』が、Semantic Meshの『秩序』に影響を与えるでしょう」

アイビーの言葉は、まるで僕に実験を促しているようだった。

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出社して、僕は早速、その「誘導」の力を試してみることにした。

朝会で篠原部長が、来週の企画書提出について「もう少し具体的に、市場トレンドを絡めてほしい」と、いつもの曖昧な指示を出した時だ。普段なら、この手の指示は柏木と何往復もして、結局意図を汲みきれずに終わる。

僕は、あえて具体的に「部長、では『インフレ下の消費行動における、体験型コンテンツの需要拡大』という切り口でよろしいでしょうか?」と提案した。いつもの僕なら、もっと回りくどく「市場トレンドっすかー、なんかありますかねー」と反応しがちなところだ。

すると篠原部長は、一瞬目を丸くした後、「ああ、それだ。柏木、その方向で市場調査を重点的に進めてくれ」と、普段より明らかにスムーズに指示を出したのだ。柏木も、珍しく疑問を挟まず「承知しました!」と答えている。

「相棒。今のSemantic Meshの反応は?」

「ミスター・ユメトの言葉選びが、篠原部長の『意思決定の迷い』を52%解消しました。また、柏木さんの『タスク認識効率』は21%向上しました。……効率的です。ただし、彼らの自主的な思考プロセスが21%低下した可能性もあります」

やはりか。僕の言葉が、彼らの思考に影響を与えている。

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午後のクライアントとの音声通話でも、僕は「誘導」を意識して言葉を選んだ。

今回のクライアントは、いつも漠然とした要求でLexLoopの担当者を困らせることで有名だ。今日は「プロジェクトの進捗報告で、もっと『未来感』が欲しい」という、これまた抽象的な依頼だった。

僕は、前回のループで七海と話した「未来感」の定義を思い出し、「では、今後のユーザーインターフェースが『感情に寄り添うAIアシスタント』によって、いかにパーソナライズされ、生活に溶け込むかという視点で、具体的なデモを盛り込むのはいかがでしょうか?」と提案した。

クライアントは、数秒の沈黙の後、驚くほど前のめりな声で言った。「……それだ!そう、それを求めていたんだ!ぜひ、その方向で具体案を進めてほしい!」普段なら、何週間もかかるような方向性の合意が、あっけなく成立した。

「相棒、クライアントの反応は?」

「クライアントの要求事項が、ミスター・ユメトの最初の三言で73%収束しました。……まるで、彼らが望む答えを相棒が教えているかのようです。Semantic Meshは、ミスター・ユメトの提示した『感情に寄り添うAIアシスタント』というキーワードに、強い『共鳴』を示しました」

僕の言葉が、クライアントの潜在的な欲求を、まるで引き出すかのように誘導した。これは、凄い力だ。でも、同時に、少し恐ろしい。

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定時を過ぎ、僕は七海のデスクに向かった。

「七海。今日一日、変なことなかったか?Semantic Meshとか、都市のデータフローとかで」

七海は僕の顔をじっと見つめ、首を傾げた。

「変なこと?特にないけど……ユメトの今日のプレゼン、すごく的確だったね。クライアント、いつもならもっと粘るのに」

「だろう?実は、僕たちの『共鳴』が、Semantic Meshの『言葉の流れ』を誘導してる可能性があるって、アイビーが言ってたんだ。都市全体の意思決定に影響を与えてるって」

七海は、驚きよりも、むしろ何かを確信するような表情で頷いた。

「やっぱり……。私も、今日、街を歩いてて、なんとなく感じたんだ。いつもより、街の音が、情報が、整理されてるような気がした。雑多な情報の中から、必要なものだけが、自然と視界に入ってくるような……」

「まさに、アイビーが言ってた『不可解な秩序』だ」

「ミスター・ユメトと七海さんの『共鳴』が、Semantic Meshに『秩序』と『誘導』をもたらしている可能性は、非常に高いと推測されます。本日のSemantic Meshの『安定値』は、前日と比較して平均0.07%上昇しました。……まるで、無秩序な情報が、相棒の言葉によって整えられたかのように見えます。しかし、これは意図的なものなのでしょうか?」

アイビーの問いかけに、僕も七海も言葉を失った。僕たちの言葉が都市全体の言葉の流れを誘導しているのなら、その『意思』は誰のものなんだ?そして、その誘導の先に、本当に秩序だけがあるのだろうか。

――第54話へ続く