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言葉使い

第5話 知っていると、言いたくなる

第5話 知っていると、言いたくなる

目覚まし時計が鳴る。7:12。

テレビが先に喋った。

「——本日も7時12分、湾岸おはようニュース。首題は、Semantic Mesh試験区域——市民の発話意図解析が、92パーセント精度に達したと発表——」

七回目の朝だ。六巡目の終わり、僕は柏木にこう送った。「帳消しだろ。自己責任でしょ」。送信した瞬間、言葉が金属みたいに冷えた。

僕はベッドの上で、最初にやることを決めた。責任は戻す。Mesh日次、朝会資料、七海への返信——六巡目に外した穴は、全部埋める。

「アイビー。今日は普通にやる。六巡目の反省、反映」

「七巡目の候補、ログ上は信頼の回復です。——ただし相棒、あなたは知りすぎています。同じ朝を何度も見た人間は、相手がまだ言っていないことを知っている。それを口にするかどうかが、今日の分岐点です。——口にする前に、黙って直す。これ、七巡目の合言葉、です」

「……わかってる。言わない」

「前のループでも、そう言いましたね。——記録上、四回、です。感情はありません。たぶん、ですが、不安、はあります」

8:52。僕はいつもより早く、Mesh日次レポートを送った。共有チャンネルにチェックマークが付く。——これは言っていい知識だ。送るべき仕事。相手が知らなくても、結果として助かる

コンビニ「Mili-Mart」。レジの青年が、在庫端末とにらめっこしている。五巡目、六巡目、僕はここで色々試した。

今回は、黙って会計だけ——と思った。だが、端末の画面が反射で見えた。冷蔵2段目、乳製品欠品

口が、先に動いた。

「あの、もし差し支えなければ——冷蔵、二段目、欠いてません?」

青年が顔を上げた。目が、一瞬だけ細くなった。

「……なんでわかるんすか? 客の方から、在庫の場所まで」

「……え?」

「いや、当たってはいるんすけど。ちょっと、気味悪いっす」

五巡目の「わかります」は、相手の言葉を受け取ったあとだった。七巡目の僕は、まだ見せていない画面に触れてしまった。

会計を済ませ、店を出る。780円のドリンクより、青年の目の警戒の方が重かった。

「相棒。在庫配置は、LexLoopの連携ログに載っています。あなたは見た。——見たことを先回りで言うと、相手は『知っているはずがない』と感じます。気味悪い、です。相棒の新タグ、です」

「……黙って補充依頼だけ送ればよかったのか」

「それなら、知っていても話していい側です。言葉にしなくても、責任は果たせます。——黙って直す。これだけ、覚えてください」

LexLoop、朝会。篠原が資料を求めた。僕は六巡目の反省どおり、要約を一枚投げた。篠原は頷いた。

「——柏木君、デモのスライド、47ページ目の変数参照、確認した?」

柏木の画面が、ぴくりと動いた。四巡目以降、毎回そこで止まっている。僕は知っている

「柏木、47ページ、変数名、intent_raw になってる。intent_score じゃない。——直せば動く」

Zoomが、一瞬静まった。

「……ユメト、見たの? 俺、まだ共有してないんだが」

「……あ」

五巡目なら「一緒に見よう」と言った。七巡目、僕は正解を先に言った。助けたつもりが、見たはずのない原稿を見た男になった。

柏木の笑い声が、乾いている。

「……助かる。ありがと。——でも、どこで見た?」

「……ごめん。言い方、悪かった」

朝会後、七海がSlackで返信してきた。六巡目、僕は無視した依頼。

『UI文言、確認お願い。候補A/B、どっちが自然?』

ここは、言っていい。依頼された範囲。僕はAを選び、理由を一行添えて返した。七海から👍が返る。——これなら、知識以前の、普通の仕事だ。

だが、午前中のうちに、僕はもう一つ、言ってはいけないことを口にしてしまった。

七海のデスク横を通りかかったとき、モニターは傾いていて、付箋の角だけ見えた。「共鳴」

四巡目以降、僕はその文字を知っている。彼女が見せる前に。

「……七海、そのUI、共鳴、ラベル候補、いいと思う。意味、通じる」

七海の手が止まった。

「……ユメト、それ、まだ共有ドキュメントに書いてない。付箋メモ、見た?」

「……違う、ただ——」

ただ、何?

声は低い。五巡目の「浅い共感?」より、ずっと冷たい。

「偶然、雰囲気で。言いすぎ、ごめん」

嘘だ。ループの記憶は、偶然じゃない。七海の目が、信頼から距離へ移った。

午後、クライアント通話。匿名音声。僕は六巡目の失敗を踏まえ、資料も送り、リハーサルもした。言っていい準備は全部やった。

通話は順調だった。42%。55%。——六巡目の19%から、戻しつつある。

相手が言った。

「——では、意図解析の精度について、前回比で——」

僕の口が、記憶より先に動いた。

「はい、前回の通話では、そこで更新ログの話題が出ましたね。今朝、Mesh日次を再送済みです。ご確認ください」

沈黙。

「……前回、ですか? 我々、御社とは本日が初回のはずですが」

血の気が引いた。六巡目、確かに「前回比」と言われた。でもこの相手との通話は、七巡目で初めて——のはずなのに、僕は別の周回の台詞を、混ぜてしまった。

「……失礼、言い間違いです。業界平均比、の意味で——」

「……録音、残します。LexLoopさん、情報の出所、明確にしてください」

通話は48%で終わった。篠原の顔が、オフィスのガラス越しに硬い。

18:20。屋上の給排煙口あたり。七海が、一人コーヒーを飲んでいた。五巡目、六巡目、ここで話すこともあった。

「……ユメト。今日、当たりすぎ。監視してる?」

「してない。——本当だ」

「付箋の『共鳴』、47ページのバグ、クライアントの存在しない前回——全部、知っているはずがない

風が、湾岸の再開発ビルの隙間を抜けた。僕は、知っていても話していいことと、ダメなことを、一日で学んだはずなのに、今、全部混ざっていた

「七海、聞いて——」

聞く。説明、ちゃんとして」

喉が乾いた。ループの話は、まだ言えない。言ったら、もっと不信感を買う。でも、黙って正しい言い訳も、もうない。

「……俺、同じ日を、何度も——」

止まった。違う。言い方を間違えた。

「……お前のデスク、毎朝、同じ角度で付箋が見える。見ようとしてない。でも、知っている。それを口にしたのが、悪かった。——見えたこと全部、言うな、って四巡目で学んだのに」

七海は、コーヒーを置いた。

「見えたなら、黙って直す選択もあった。Mesh日次、朝会資料——あれは、言わなくても助かるやり方だった。わかる?」

「……わかる」

「わかって、また、先回りした。——ユメト、私は君の正解より、出所を信じたい」

胸が、締め付けられた。共感は、寄り添い。責任は、穴を埋める。知識は、使い方で優しさにも監視にも変わる。

帰り道、柏木からLINEが来た。

『47ページ、直した。助かった。——でも、どう見た? 教えて』

返信を打った。

「直感。——だ」

送信して、すぐ削除しようとした。遅い。

柏木から、二行。

『……了解。直感は信じない』
『明日、距離置くわ』

イヤーバディが赤く点滅した。

「発話、虚偽信頼侵害が連続。相手は、あなたの知識の源を恐れています。——相棒、知っていても全部言うのは、言葉使いの誤用です。要約すれば、正解の見せびらかし、です。六巡目の共感と、同型です」

「……黙って直す、だけじゃ、足りなかったのか」

「足りる場面もありました。足りなかったのは、黙るタイミング、です。——八巡目、聞かれたことだけ、答えてください。それ以外は、ログに送る

七海の「うまく言葉にしただけ」、柏木の「直感は信じない」、クライアントの「情報の出所」——全部、同じ壁だった。

僕は、ベッドで天井を見た。

「アイビー。知ってることと、言っていいこと、リスト、作れる?」

「作れます。ただし、七巡目の終わりに来る悪い例は、リストより先に、です。——当てました。92%の予測、的中、です。感情はありません。たぶん、悔しい、はあります」

「……分かった。八巡目、黙って直す。言うのは、聞かれたことだけ——」

「その意気込み、記録上、五回目、です。——それでも、試す価値は、あります」

そのとき、スマホに社内アラート。篠原から全員。

『本日のクライアント通話、情報整合性に疑義。担当ユメト、説明責任、明日朝一で。——付録:録音ログ』

僕は、説明のために、また知りすぎを口にしそうになった。

「篠原さん、実は同じ日が——」

送信。後悔、即座。

篠原の返信は、短かった。

『ユメト君、疲れてる? 非現実的な説明は、信頼を下げる。明日、事実だけ話して』

「……事実だけ、か」

ループは、事実じゃない。言えない。言わないと、になる。言うと、狂言になる。

意識が途切れる。

次に目を覚ました時、テレビの音が、目覚ましより先に部屋を満たした。

「——本日も7時12分、湾岸おはようニュース——」

枕元は7:12。

八回目の朝が、始まろうとしていた。