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言葉使い

第49話 または 共鳴する言葉

第49話 または 共鳴する言葉

「本日も7時12分、湾岸おはようニュース。首題は、Semantic Mesh試験区域——市民の発話意図解析が、92パーセント精度に達したと発表——」

また、この声だ。壁掛けディスプレイから流れるニュースアンカーの、一切感情の乗らない声が、僕の目覚めを告げる。

「……はぁ。やっぱり、またこの朝か」

僕は天井を見上げたまま、深く息を吐いた。昨夜、七海から届いた「明日、話したいことがあるの」というメッセージ。その「明日」は、今回もやってこなかった。

「ご期待に沿えず申し訳ありません。たぶん。昨夜のミスター・ユメトの『絶望』という発話意図は、Semantic Meshにより『現状放棄』と認識されました。その結果、リセット確度は98%に達しています」

イヤーバディから、アイビーの落ち着いた声が聞こえる。まったく、統計の毒を吐くのは相変わらずだな。

「だからって、リセットはねーだろ。七海のメッセージ、結局何だったんだよ。楽しみに損した気分だぞ」

「詳細な解析はできていませんが、彼女のメッセージには『協力要請』と『個人的な関心』が、前回のループと同様、60対40の比率で含まれていました。今回はこの比率を変動させることを推奨します。特に『個人的な関心』への返答は、慎重に」

「個人的な関心……って、おいおい、マジかよ」

「解析結果ですので、私の感情はありません。たぶん」

「分かってるよ。で、どうすりゃいいんだ?」

「今回のループでは、まず七海さんからのメッセージへの言及と、それに続く彼女の言葉の意図を正確に読み取ることが重要です。Semantic Meshは、言葉の裏に隠された意図を読み取ります。適切な返答を模索しましょう」

僕は重い体を起こし、シャワーを浴びる。七海の「個人的な関心」という言葉が、どうにも頭から離れない。まさか、そんなこと……いや、でも、アイビーの分析はこれまで外れたことがない。これは、試す価値があるのかもしれない。

空飛ぶバスに乗り込むと、見慣れた柏木の顔があった。彼は僕に気づくと、少し驚いた顔で声をかけてきた。

「おっ、ユメト!おはよう!なんだか今日は、いつもより顔色がいいな。昨日のクライアント案件、うまくいったのか?」

前回のループでは「篠原さんに詰められてたみたいだけど」と切り出してきたはずなのに、今回は少しニュアンスが違う。僕が篠原さんとのやり取りを少し改善したのが影響しているのだろうか。

「おはよう柏木。まあね、色々と収穫はあったよ。今回も頑張らないと」

僕がそう言うと、柏木は「へぇ、頼もしいね」と笑顔を見せた。前回より、明らかにポジティブな反応だ。言葉の選び方で、こんなにも変わるものなのか。

「ミスター・ユメト、柏木さんへの返答で『収穫』という言葉を選んだことで、彼のあなたの仕事への期待値が15%上昇しました。これはポジティブな変化です」

アイビーが小さく耳打ちする。よし、この調子だ。

オフィスに着くと、僕のデスクに七海が立っていた。彼女は僕に気づくと、少しだけ戸惑ったような表情を浮かべた。前回のループでは、もっと厳しい顔をしていた気がする。

「ユメト、おはよう」

「おはよう、七海。メッセージ、ありがとう。話したいことって、もしかして、僕が篠原さんに怒られてた件とか、それとも他に何か?」

僕は単刀直入に尋ねてみた。アイビーの言う「個人的な関心」も意識しつつ、まずは素直に、彼女の意図を探る。

七海は少し目を丸くした後、かすかに微笑んだ。

「よく分かったわね。そう、あなたが篠原さんに詰められてた件もだけど……あなたの『言葉使い』について、少し聞きたいことがあって。最近、何か気づいたことでもある?」

「え、あ、うん。色々試行錯誤してるよ。七海の指摘がいつも的確だから、それを参考にさせてもらってる」

僕がそう答えると、七海の表情がさらに和らいだ。「ふーん」と呟きながら、何かを考えるように顎に手を当てる。

「そう。あなたの言葉、最近少し変わった気がする。前よりも、なんていうか……意図が伝わりやすくなった。特に、クライアントへの説明なんかは」

七海から直接、ポジティブな評価をもらえるなんて、初めての経験だ。これも言葉共振の効果だろうか。

「七海の洞察力にはいつも驚かされるよ。本当に助かってる」

僕が素直な感謝を伝えると、七海は少し照れたように視線を逸らした。その表情は、前回のループでは見られなかったものだ。

午後の会議で、僕は篠原さんとのやり取りに挑んだ。七海からのヒントと、これまでのループで得た知識を総動員する。

「ユメト、この前のクライアント案件、どうなった?」

篠原さんの声は、いつもより落ち着いている。前回のループで、少しは信頼を取り戻せたのだろう。

「はい、篠原さん。先日ご指摘いただいた点を踏まえ、表現を修正しました。特に、クライアントの懸念事項については、『具体的な解決策を提示する』という意図を明確に盛り込んでいます。これにより、契約確度は前回の48%から、本日現在の試算では65%まで向上しました。これは、七海さんの助言もあって実現できたことです」

僕は七海の名前も出し、彼女の貢献も伝えた。すると篠原は、少し目を見開いた。

「65%か。悪くない。前回よりは、かなり改善されている。七海の助言もあったか……。よし、このまま継続してくれ。七海にも感謝を伝えておく」

篠原さんの言葉は、前回よりも明らかに評価が高い。そして、七海への言及もあった。これで、今日のループは回避できるかもしれない。

終業時刻、僕は安堵しながらオフィスを出た。今日のSemantic Meshの変動値が気になる。

「アイビー、今日の変動値は?」

「本日も安定傾向です。誤用強度の最大値は-5%を記録。これは、昨日の-10%よりもさらに改善された数値です。この調子であれば、ループ回避確度は75%に上昇しています」

「おお、75%!すごいじゃん!」

「ええ。ただし、ミスター・ユメト。七海さんとの会話で、あなたが発した『君の洞察力にはいつも驚かされる』という言葉が、Semantic Mesh上で『共鳴』反応を誘発しました。これは通常の『共感』とは異なる、やや特殊な反応です」

「共鳴?なんだそれ?」

「現在、解析中です。Semantic Mesh試験区域における、未確認の意図強度パターンとして記録されています。……ミスター・ユメト、もしかすると、あなたは七海さんとの間で、より深いレベルの『言葉の同期』を引き起こしているのかもしれません」

アイビーの言葉に、僕は思わず立ち止まった。「同期」だなんて、まるでSF小説みたいじゃないか。一体何が起きているんだ?

「今日のところは、この反応によるリセットは確認されていません。しかし、この『共鳴』が何を意味するのか、早急に解明する必要がありそうです。ミスター・ユメト、あなたは、七海さんと共に、新たな段階に足を踏み入れたのかもしれません」

僕は、七海の顔を思い浮かべた。僕の言葉が、彼女の言葉が、何かの歯車を動かしている。その歯車が示す先は、一体どこなのだろう?