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言葉使い

第47話 または 隠蔽の代償

第47話 または 隠蔽の代償

目覚ましが鳴る。スマホの画面には、7:12。

「おはよう、ユメト。今日も言葉使い、がんばりましょう」

相棒AIのアイビーの声が、やけに生々しい。

僕——ユメトは、また同じ朝を見ていた。

「……待て。これ、何回目だ」

窓の外では、2038年の東京が、昨日と同じ空気で動いていた。

「おはようございます、相棒。湾岸おはようニュースです。Semantic Mesh試験区域——市民の発話意図解析が、92パーセント精度に達したと発表——」

壁掛けテレビが自動で起動し、昨日と寸分違わないニュースが流れる。見慣れたアンカーの笑顔が、僕には悪魔の嘲笑に見えた。

「くっそ、またこのニュースかよ……」

僕はベッドの上で頭を抱えた。もう何回この『おはようニュース』を聞いたか覚えていない。いや、正確にはアイビーが覚えているはずだ。

「本日のループ回数は、ミスター・ユメトの認識能力の限界を超過しているため、割愛させていただきます。前回の重大な誤用は、クライアントへの『責任転嫁』と『見下し』の発言です。Semantic Meshの誤用強度98%を記録。記録更新おめでとうございます」

「記録更新って喜ぶなよ、アイビー! あれは……資料のミスを、俺が確認不足だったのに、納期優先でクライアントに押し切ろうとしたら……」

「はい。その結果、クライアントの信頼度は0%に収束し、契約は破談。ミスター・ユメトの評価は奈落の底へと急降下しました。統計上、同じクライアントから二度と仕事を得られる確率は0.003%です」

アイビーは淡々と、しかしどこか楽しそうに僕の失敗を読み上げる。0.003%って、もう諦めろってことか?

「分かった。今回はまず、あのクライアント対応をどうにかする。資料のミスは……最初から正直に指摘して、納期が遅れても直す、か」

電動歩道を歩きながら、僕は深く息を吐いた。朝から疲労感が半端ない。慣れてきたループとはいえ、同じ失敗を繰り返すのは精神的に来るものがある。

「疲労度上昇、睡眠の質低下。しかし、脳活動は活発です。これもループの恩恵でしょうか」

「恩恵って言うな。で、資料のミス、今回はどう説明すれば、前回よりマシになるんだ?」

「『誠に申し訳ございません。当方の確認不足により、ご提示いただいた情報に誤りがございました。つきましては、納期を〇日延長させていただき、完璧な状態で納品させていただきます』。この言葉の選定では、誠実な対応と見なされ、誤用強度は-15%に低下する見込みです。ただし、クライアントの性格によっては、別の反応を示す可能性も50%以上存在します」

アイビーの統計はいつも正確だが、半々とか言われると結局賭けじゃないか。

LexLoopのオフィスに入ると、いつものように柏木が僕に話しかけてきた。前回は僕のイライラが伝染して、彼も少し不機嫌だったが、今回は無難に「おはよう」とだけ返しておく。

デスクに座ると、すぐに七海がやってきた。前回は僕が隠蔽しようとした資料のミスについて、訝しげな視線を向けてきたはずだ。

「ユメト、この前の資料なんだけど。ちょっと気になる点があって……」

彼女の言葉の続きを待たず、僕は先に切り出した。

「ああ、七海。その件で相談があるんだ。実は、クライアントに提出した資料に、僕の確認不足でいくつかミスがあった。具体的な数値に誤りがあったんだ。すぐに修正したい」

七海は目を少し見開いた。前回なら『何言ってんの?』とでも言いそうなものだが、今回は少し表情が柔らかい。

「……珍しいわね、あなたから先に言うなんて。でも、正直に話してくれたのは評価する。どこが問題だったの?」

「ここなんです。〇〇に関するデータで、数カ所に誤植がありました。すぐに修正に取りかかります」

「そう。分かったわ。修正したら、もう一度私にも確認させて。納期は間に合うの?」

「それが、少し延長させてほしいとクライアントに打診しようかと」

七海は頷いた。「それが懸命ね。中途半端なものを出すよりずっといいわ」

前回とは違う展開に、僕は少しばかり安堵した。

午後、クライアントとの電話会議。

「〇〇様、大変申し訳ございません。先日ご提示いたしました資料に当方の確認不足による誤りがございました。つきましては、正確な情報をお届けするため、納期を〇日延長させていただけないでしょうか」

前回、僕が言い訳を並べた時には激昂していたクライアントが、今回は意外にも冷静だった。

「……ほう、自分から誤りを認めるか。珍しいな、LexLoopは。で、どんな誤りだ? 期日は絶対に守れと言ったはずだが」

「はい。〇〇に関するデータで、数カ所に誤植がございました。〇日いただければ確実に修正可能です。ご迷惑をおかけしますが、どうかご検討いただけますと幸いです」

クライアントは数秒沈黙した後、ため息をついた。「……わかった。だが、それ以上は許さんぞ。〇日で必ず完璧にしろ。信頼を取り戻せるかどうか、見せてもらう」

「ありがとうございます!必ずご期待に応えます!」

電話を切ると、僕は大きく息を吐いた。冷や汗が背中を伝う。

「クライアントの信頼度、前回0%から今回は35%に回復しました。契約確度も19%から48%に上昇。ミスター・ユメト、今回は及第点ですね」

「及第点って……まあ、前回よりマシか」

その日の終業時刻、僕は安堵しながらオフィスを出た。これで今日のループは回避できるだろうか。

「Semantic Meshの変動値、本日は比較的安定しています。誤用強度の最大値は-10%を記録。素晴らしい結果です」

「マイナスってなんだよ。でも、これで今日のループは回避できるか?」

「さぁ、と言いたいところですが——まだ残りの時間で何をしでかすか、予測不能です。統計では、ミスター・ユメトが自覚しないまま、より複雑な誤用を引き起こす確率は50%を超えます」

アイビーはまたも統計の毒を吐く。50%って、それじゃあ五分五分じゃないか。

「おいおい、不安になること言うなよ。もう何も言わずに帰ろうかな……」

「それはそれで、『コミュニケーション放棄』として誤用判定される可能性があります。Semantic Meshは、沈黙も言葉として解釈しますので」

「(絶望)……じゃあどうしろってんだよ!」

僕が帰り道を急いでいると、イヤーバディに通知が入った。七海からだ。

『明日、話したいことがあるの。』

明日? 明日が来るのか? それとも、またループか?