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言葉使い

第41話 または 揺るがない確信

第41話 または 揺るがない確信

第5章 言葉使いの終端

「本日も7時12分、湾岸おはようニュース。首題は、Semantic Mesh試験区域——市民の発話意図解析が、92パーセント精度に達したと発表——」

寝室の壁掛けテレビから流れる、いつも通りの、完璧に再現されたアンカーの声。僕は、その声を聞きながら、うっすらと目を開けた。また、この朝だ。そして、また、僕の言葉が現実を揺るがすかもしれない一日が始まる。

「相棒、おはよう」

「おはようございます、相棒。本日の『現実の揺らぎ』予備指数は、昨日比で0.007ポイント上昇しています。昨日のポジティブな成果が影響している模様です。この調子では、相棒の精神状態も揺らいでいるかもしれませんね。データ不足ですが。たぶん」

アイビーの声は、いつも通り無機質だが、その報告は僕の頭をズンと重くした。「精神状態の揺らぎ」か。確かに、最近は自分の言葉が現実を動かす感覚が強すぎて、現実と非現実の境目が曖昧になってきている気もする。いや、それはたぶん気のせいだ。まだ。たぶん。

支度を済ませ、電動歩道でオフィスに向かう。今日は、昨日成功したクライアント案件の進捗報告が朝一番にある。僕の言葉が現実を揺るがすなら、今日こそは、その力をポジティブな方向に、最大限に活用してやる。そう心に決めた。

オフィスに着くと、僕のデスクに柏木が顔を突っ込んでいた。

「ユメト、おはよう。昨日のあの案件、マジで助かったわ。まさかあのクライアントがあんなに素直に頷くとは。お前、何か裏技でも使ったのか?」

柏木はいつもならもう少し斜に構えた言い方をするのに、今日は妙にストレートだ。僕の言葉の「揺らぎ」が、彼の態度にも影響しているのだろうか。

「裏技なんて。ただ、確実な成果をお約束しただけだよ」

僕は、少しだけ意識して、揺るぎない確信を込めて答えた。すると柏木は「だよな! 俺もそう思ったんだよ!」と、まるで僕の言葉を待っていたかのように大きく頷いた。地の文で差分を表現するなら、これまでの柏木なら「まぁ、お前が言うならな」と濁すところだ。今日の彼は、まるで僕の言葉に導かれるように、僕の意見に完全に同意している。

篠原さんも朝会で僕の案件を高く評価し、「ユメト君の言葉には説得力がある。この調子で、積極的にリードしてくれ」とまで言った。これまで篠原さんは、僕の言葉選びの甘さを指摘することが多かったのに、今日はまるで別人のようだ。これも、僕の言葉の力が、現実の認識を書き換えている証拠なのか。

午前中、僕は新規のクライアントとの音声通話に臨んだ。今回の案件は、特にリスクが高く、これまで他のメンバーが何度か失敗している難攻不落の案件だ。契約確度は、アイビーの予測ではいつも20%を切っていた。

「ミスター・ユメト、今回のクライアントは特に慎重な企業です。彼らの過去の契約履歴から見ても、成功率は極めて低いと言えます。心してかかってください。たぶん」

アイビーが通話前に、いらんプレッシャーをかけてくる。しかし、僕はどこか冷静だった。僕の言葉が、現実を揺るがすなら、この案件こそ、その力を試す絶好の機会だ。

僕は、いつもの通りに案件概要を説明し始めたが、意識的に言葉を選んだ。曖昧な表現は避け、断定的な言葉を多用する。特に、「この技術は貴社の未来を確実に変革します」「リスクは完全に排除可能です」「我々が全責任を負います」といった、強い言葉を、まるで呪文のように紡ぎ出す。

通話の向こうのクライアントは、最初は疑り深そうに質問を重ねていたが、僕が言葉を発するたびに、その声のトーンが変化していくのが分かった。沈黙の時間が短くなり、質問の内容も肯定的になっていく。そして、最後には。

「……分かりました。ユメトさんの言葉には、妙な信頼感がありますね。正直、ここまで具体的な確信を示されたのは初めてです。この内容で、是非、進めていきましょう」

クライアントは、ほぼ即決で契約に同意した。信じられない。

「契約確度、95%に達しました。これは、過去のログを含めても、この案件における最高値です。相棒の言葉は、文字通り『現実』を書き換えたと言えます。まさしく、言霊ですね。たぶん」

アイビーの声は、珍しく少しだけ驚きを含んでいるように聞こえた。僕の言葉が、こんなにも現実を変える力を持つとは。しかし、この成功の裏に、何か見えない代償があるような、そんな予感もした。

ランチで七海と会ったとき、彼女は僕の顔をじっと見つめていた。

「ユメトさんの言葉、最近、妙に響きますね。まるで、重みが増したみたい。今日のクライアント案件の成功も、ユメトさんが話した内容が、そのまま現実になったような印象を受けました」

七海は、僕の言葉の「揺らぎ」を、まるで見てきたかのように言い当てた。彼女の言葉は、僕の予感を確信に変える。僕の言葉は、単に相手の認識を変えるだけではない。現実そのものに干渉し、改変しているのかもしれない。

オフィスを出て、僕は湾岸の夕焼けを見上げた。今日の成功は、僕の言葉の力が、どれほど強大なものになっているかを示していた。しかし、この力は、諸刃の剣だ。僕の言葉が現実を動かすなら、その責任は計り知れない。

「相棒、今日の『現実の揺らぎ』指数は?」

僕は、少しだけ震える声で尋ねた。

「本日の『現実の揺らぎ』指数は、過去最高値を記録しました。相棒の言葉が世界に与える影響は、もはや微弱とは言えません。しかし、この増幅率は、制御が困難になる可能性も示唆しています。まるで、増えすぎたエネルギーを制御できない原子炉のようです。ご存じでしたか? たぶん」

アイビーは、いつも通りの冷静さで、しかし、その報告内容は、僕を凍りつかせた。増えすぎたエネルギーを制御できない原子炉。もし、僕の言葉が暴走したら、この現実の世界はどうなってしまうのだろうか。僕は、その答えを、まだ知らなかった。そして、その答えを探す旅は、まだ始まったばかりだ。

明日は、この増幅した言葉の力で、何を試すべきだろうか。そして、その先にある、見えない危険とは。

僕は、重い足取りで家路についた。