スマホの緊急通知が、まだ赤い。テレビでは、アンカーが続けている。
「——LexLoop本社ビル付近、立入禁止区域、半径800メートル——詳細は、これから——」
同じ朝、では、ない。クリアの、翌日だ。
僕は走った。空飛ぶバスは停止。電動歩道は逆走禁止だが、今日だけは遠回りの方が早い。
「ミスター・ユメト、全社緊急出社——遅延12分です。ループ中なら許容範囲でした。今日は、遅刻です。——記述のみ、です」
「……うるさいけど、助かる」
◇
LexLoop、9:24。ビルのガラス向こう、ARの文字が揺れている。「共鳴」「評価」「意図」——読めない記号と混ざる。
オフィスは半分避難済み。残りは、戦時体制。
篠原が、ホワイトボード前に立っていた。
「全員、聞け。Semantic Mesh——本社ノードで、共鳴が増幅している。発火点は、サーバ室B——非公開API word_usage_evalが、03:14に自動起動した。止め方は——まだ、ない」
七海が、モニターを指した。
「UI“共鳴”ラベル——昨日確定したやつが、APIの起動キーワードに一致してる。偶然じゃ、ないかも」
柏木が、震えながら言った。
「サーバ室——入れないっス。廊下のMesh、誰が大声出すと数値跳ねる。——いつもと、違うっス」
昨日じゃない。十一回分の枝分かれが——一夜で、現実に溜まったのか。
僕は、手を上げた。
「篠原さん、試させてください。サーバ室前まで——声で」
「理由は?」
「事実だけ言います。十一回——同じ朝を——社内Meshに触れ続けました。タグが、僕に多いはずです。APIが反応するなら——僕が近づく方が、早いかもしれません」
会議室が静まった。
七海が、小さく言った。
「……出所は、わからない。——でも、責任の話は、わかる」
篠原は、頷いた。
「行け。——アイビー、連れろ。手動承認、忘れるな」
◇
サーバ室B、前。廊下のMesh表示が、赤と青を行き来する。
僕は深呼吸した。魔法みたいに強い言葉——ダメだ。十一巡目の夜を思い出す。
「アイビー、助言だけ。——“共鳴”を止める言葉は?」
「停止ではありません。調律です。——相棒、短く。意図を、一つに、絞れ」
僕は、喉だけで言った。
「——ここは、LexLoopです。人の言葉を測る場所です。測るだけじゃ、ありません。——繋ぐ場所です。共鳴——今は、下げます」
下げます。断定じゃない。努めに、近い。
ARの文字が、一瞬止まった。
廊下の数値、92%→81%→74%。
柏木が叫んだ。
「下がったっス! 74——まだ高いけど!」
七海が、UIタブレットを掲げた。
「“共鳴”ラベル——APIに“調律モード”送信します。——ユメト、そのまま、もう一文だけ」
僕は、続けた。
「——皆の言葉が混ざるのは、怖いです。——だから、一つずつ、聞きます。順番を、守ります」
数値、58%。
サーバ室の灯が、青に戻った。
「相棒、共鳴——鎮静域に入りました。——魔法ではありません。調律です。及第を超えた可能性——57%です。——皮肉、ではありません」
篠原が、走って来た。
「API——手動停止、成功。03:14起動——創業者の自動フェイルセーフと、ログにある。——誰かが“共鳴”を、本番キーに設定した。犯人は——後」
◇
午後。避難解除。クライアントから、一本、電話。
「——LexLoop、無事か。契約——昨日の72%、維持で、いい」
昨日と、言われた。ループの翌日として、初めて“昨日”が、一本の線になった。
コンビニ「Mili-Mart」。青年が、普通の顔で会計した。
「お疲れっす——ニュース、見ました。LexLoop、すごいっすね」
「……すごくないです。及第です」
「はは、謙遜っすか」
謙遜じゃ、ない。
◇
18:50。屋上。七海と、二人。
「今日の“下げます”——魔法、だった?」
「魔法みたいに見えただけです。——十一回分の朝の宿題を、一夜で請求された感じ」
七海は、風に付箋の空箱を押さえた。
「同じ朝——終わったね」
「……え?」
「あなた、今日、初めて“昨日”が、正常に使えた。——ループの話は、しない。——でも、私はデザイナーだから——UIが、同じ日をループさせる設計——見たこと、ある、の」
僕の背筋が、冷えた。
「……七海さん」
「今は、聞かない。——来週、word_usage_evalの説明会で、聞く。今日は——お疲れ様」
◇
23:40。ベッド。
アイビーが、ログを読み上げた。
「第一サイクル——同一朝学習——完了。翌日——共鳴暴走——鎮静。API停止。契約72%維持。——要約すれば、同じ朝の章は、閉じました」
「……及第点——超えた?」
アイビーは、いつもより長い間を置いた。
「及第点でしょうか——昨夜の続き、です。——愚考します、超えています。——たぶん」
僕は笑った。感情はない、たぶん、のAIが、たぶん——たぶん。
0:00。
——来ない。二日連続で、ロスタイムなし。
0:01。スマホが震えた。LexLoop——創業者アカウントから——自動メッセージ。
『第二サイクル、待機中。——ユメト、君は、及第以上だった。次は、副作用の方が、読む番だ』
画面に、七海のSlackアイコンが——同時に、光った。
『ユメト、まだ起きてる? ——屋上の続き。“副作用”って、何? 創業者ログ——今、全体に、流れてる』
第1章、“同じ朝”——終わった。
第2章——始まった。