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言葉使い

第1話 3回目の朝

第1話 3回目の朝

目覚まし時計が鳴る。電子音の無機質なチャイムが、僕の脳みそを無理やり再起動させる。

その前から——いや、ほぼ同時に——壁のテレビが勝手に点いていた。アイビーの仕業だ。ループした朝だけ、相棒AIが寝室のディスプレイを起動し、同じニュースを最初から流す。

「——本日も7時12分、湾岸おはようニュース。首題は、Semantic Mesh試験区域——市民の発話意図解析が、92パーセント精度に達したと発表——」

同じ声。同じ秒。同じアンカーの笑顔。僕は枕の中で目を開け、秒針のない7:12を見た。

「……三回目か」

もう驚かない。驚く余裕すら、二周目の終わりに使い切った。ループかどうかを教えてくれるのは、時計よりこのテレビの方が早い。

一巡目の朝は、テレビの音を「再放送のバグ」だと思った。同じニュースが流れても、ただチャンネルがおかしいだけだと。二巡目、同じアンカーが同じ語尾「——発表——」で切れる瞬間、胃の底が冷えた。三巡目の今、僕はその音を聞く前から、今日が何巡目か当てがついている。

LexLoopのユメト——僕は、ベッドの上で浅い呼吸を一度だけ整えてから、体を起こした。

窓から差し込む朝日は、昨日と寸分違わぬ角度で、僕の顔に熱を投げかけてくる。テレビでは、相変わらず空飛ぶバスの遅延情報が流れている。昨日と同じ、一巡目と同じ。

「ミスター・ユメト、起床を確認しました。推奨起床7:00に対し12分の遅延。——ループ日においては、許容範囲と愚考します。おはようございます」

耳元で、アイビーの声が響く。イヤーバディ越しの、感情のない落ち着いたトーン。皮肉は、敬語の裏に隠れている。

「アイビー、何回目?」

「同一朝の記録上、三度目です。一巡目タグ『異常事態』、二巡目『試行錯誤』。三巡目は未確定——相棒、毎回同じニュースを流すのも、三度目なら定着と愚考します」

「……テレビ、毎回同じなの、わざと?」

「ループ自覚の補助です。消音も可能ですが、次のループでも流します。——再放送拒否権は、残念ながら付与されていません」

「……未確定、か。今日で決めるよ」

「その意気込み、二巡目の終盤でも聞きました。結果は深夜0時のロスタイムでした。——時間の損失、です。括約筋ほどではありませんが」

僕は舌打ちを飲み込んだ。アイビーの言う通り、僕の言葉はこの街の『Semantic Mesh(セマンティック・メッシュ)』に直結している。重大な誤用をした日の0時、僕だけ記憶を抱えたまま、7:12へ戻される。

「今日のスケジュールと、Meshのコンディションは?」

「午前9時 LexLoop出社。午後、定例と新規案件のプレゼン準備。Meshは高感度を維持。三巡目は言葉の分岐が読みやすい日と予測されます——相棒、試すなら早いうちがよいです。焦る事と、早口になる事は、違います」

湾岸の再開発エリア。空飛ぶバス、配達ドローン、電動歩道。三回目でも景色は同じだ。違うのは、僕がどの言葉を試すかだけだ。

コンビニ「Mili-Mart」。一巡目は適当に、二巡目は丁寧に挨拶した。三巡目は——

「おはようございます」

と言おうとして、喉が「チッス」に逃げた。

「……お会計、780円になります」

店員の青年は、二巡目より眉をひそめた。一巡目の無反応、二巡目の短い礼、三巡目の雑な挨拶。同じ店員なのに、返事が毎回違う。

「敬意の欠如、と解釈されました。好感度、再び低下です。——780円のドリンクより、相棒の一語の方が高コストですね」

「わかってる。次」

エアステーション。充電切れの配達ドローン。一巡目は「どけよ」、二巡目は「がんばれよ」。三巡目は、二巡目の成功を再現しようとして言った。

「充電、頑張ってくれ」

「音声認識。応援ありがとうございます。充電ステーションへの誘導を推奨します」

ボディが揺れる。二巡目と同じ反応だ。再現できた。小さな勝利だ。

「三巡目、再現成功。相棒、パターン学習は早いですね。——褒めているわけではありません。記述しています」

「……褒めてる?」

「いいえ。記述しています。感情はありません。たぶん」

LexLoop。同期の柏木が怪しげな液体を飲んでいる。

一巡目は「また変なもん?」、二巡目は「それ、なんだ?」。三巡目も同じ言葉を選んだ。柏木の表情は、二巡目に近い明るさだった。

「ああ、ユメト!腸内フローラ系っす。一口どうです?」

成功。篠原上司への報告も、二巡目同様に「早いな、助かるよ」と返ってくる。

七海はデスク横を通った。一巡目は「手伝って」で冷たく、二巡目はUIの意見を聞いて協力してくれた。三巡目——

「七海さん、このUI、ユーザー体験の観点でどう思いますか?」

「……三回目のこの聞き方ね。見せて」

七海は、僕が同じフレーズを繰り返していることに気づいているのかもしれない。相手に記憶はないはずなのに、言葉の枝分かれだけが残る。

「ありがとう。助かります」

「別に。プロダクトの質だから」

的確な修正が返ってきた。三巡目の午前は、二巡目の延長線上で、まずまずいく。

午後。クライアント通話。ここが、一巡目も二巡目も、僕を0時へ追い込んだ場所だ。

一巡目は「適当にやりますんで」。二巡目は「柔軟に対応できます」。どちらも契約確度0%だった。

三巡目。僕は二巡目の失敗を踏まえ、別の言葉を選ぶ。

「品質の再現性を重視した設計になっております。ユーザーレベルごとのテンプレートと、人間レビューの二段構えです」

沈黙。担当者が息を整える。

「……テンプレート、ですか。柔軟性とのバランスは?」

「ここが肝心で——」

と、僕は説明を続けようとして、「要するに、うちは柔軟です」と口が滑った。

一瞬の、致命的な雑さ。二巡目の「柔軟」と同じ地雷を、自分で踏んだ。

「つまり、結局はAI任せと言うことですね。では、見送ります」

ガチャン。通話終了。

「三巡目、契約確度0%。『柔軟』系語彙の再発がトリガーと推定されます。——相棒、学習と再犯、どちらですか? ……愚問でした。両方、ですね」

僕はデスクに突っ伏した。

その夜。ベッドの中で、アイビーに言った。

「三回目の朝、全部無駄だったな」

「無駄ではありません。コンビニ、ドローン、柏木、七海は二巡目の成功を再現できました。失敗したのは、クライアントの最後の一文だけです。——要約すれば、相棒の括約筋に近い使い方、です」

「……じゃあ、四回目は最後の一文を直せばいいのか」

「理論上は。実際は、疲労で言葉が粗くなる傾向も記録されています。四巡目、寝不足を推奨しません

「うるさいな」

「承知しました。うるさい、と記録します」

意識が途切れる。スイッチがオフになる感触。

次に目を覚ました時、目が開くより先に、テレビの音がした。

「——本日も7時12分、湾岸おはようニュース。首題は、Semantic Mesh試験区域——」

枕元の表示は、再び7:12。窓の朝日は、同じ角度。アイビーは、また同じニュースを最初から流している。

僕は天井を見た。

四回目の朝が、始まろうとしていた。